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側弯症と言われてからの一年

「中学に入学して学校生活にも慣れた頃4月28日、この日は学校で健康診断がある日でした。内科の先生が、私の背中を見てこう言いました。「側弯症です。大分曲がっているから、なるべく早く整形外科へ行きなさい」...」(女性会員 13才)

 

 中学に入学して学校生活にも慣れた頃4月28日、この日は学校で健康診断がある日でした。内科の先生が、私の背中を見てこう言いました。

「側弯症です。大分曲がっているから、なるべく早く整形外科へ行きなさい」

 私は(え?)って感じで家に帰り、母に報告しました。思ってみれば、六年生の2学期に、父や母と「ちょっと左の肩が下がつているね」と、話していたのです。

 その時、私は塾に通っていたので「パックをいつも左の肩から下げているからじゃない?」と、言っていました。

 5月2日、学校が創立記念日で休みだったので近くの病院に行き、レントゲンを撮りました。お医者さんと看護婦さん二人とも口を揃えて、「結構曲がってい る」と言っていました。お医者さんは「手術になるかもしれません。大学病院に紹介状を書きますから、外でお待ち下さい」と言われました。廊下で待っている 時、私の頭の中は『手術』という、二文字で、一杯になりました。しばらくすると、看護婦さんが紹介状を渡してくれました。その時、私は心配そうな顔をして いたのでしょう、「大丈夫よ」と言ってくれたのです。この一言でドキドキした気持ちは消え、私は将来病院で働きたい!と強く思った位です。名前も知らない けど、看護婦さん有り難う。

  そして私は、近くの大学病院に行く事になりました。また、診察でお医者さんに「結構曲がっている。」と言われました。さらに追い討ちをかける様に、「コル セットを作る」と言ったのです。私はコルセットを作る部屋へ行き、顎を乗せて固定されました。すごく苦しかったです。コルセットを作る人が、どんどん包帯 の様な物を私の体に貼りつけていきました。その包帯の様な物を外した後は白い粉が残っていて気持ちが悪かったです。しばらくしてコルセットが出来ました。 そのコルセットはミルウオーキーと言うそうですが、つけた瞬間から苦しいし、上の部分の金具が外から見えるので、すごくイヤでした。しかも24時間お風呂 の時以外は、ずっとつけてなくてはいけないと聞かされ、私は(そんな事出来るのかなぁ)と、とても不安になりました。コルセットをつけていなければいけないのは、わかっていてもベルトや金具が複雑で自分でつけたり、外したり出来ませんでした。

「こ れからどうしょう」と思っている時、私の叔母から慶応病院に、側弯症の専門の先生がいると聞かされて、早速行きました。鈴木先生は初めての診察の時に『手 術とコルセット、五分五分』と言いました。私は自分からコルセットを作っていただきました。。慶応病院で作るコルセットは、どういう型なのかなと思ってい たら、外からは見えない洋服に隠れるコルセットと聞いて、気持ちが軽くなりました。また前の病院の時と同じ要領で、コルセットを作っていきました。ただ一 つ違う所がありました。前は肩まで包帯の様な物を巻いていったのに、今度は脇の下までだったのです。

 8月25日、出来上がったコルセットを装具屋さんにつけてもらって診察してもらうまで待っていた時、一分も過ぎないうちに左の腕全体が痺れてきて指先ま で冷たくなってきたのです。その事を鈴木先生に申し出た所、「タオルをはさむと良い」と言われ帰る時にそうしてみました。一週間位は、言われた通りにして いましたが、そのうちにすぐに慣れて、半袖の下着の上から、コルセットをして平気になってきたのです。

 9月1日、二学期の始業式から勇気を出して着けて行きました。友達に説明をすると「見せて」とか、「つけてみたい」と予想外の答えだったので、コルセッ トを隠さずに堂々と学校生活を送る事が出来ています。初めの何回かは、体育の着替えの時も手伝ってもらいました。笑ってしまう話ですが、コルセットをして いないと寒いのです。これはコルセットと仲良くなった証拠です。一度、お臍が痒くなりました。真ん中の穴を大きくしてもらったら、その後は何も困った事は ありません。

 問題はこれからやって来る夏です。私は暑いのが苦手です。どうか、後何年かは涼しい夏でありますように。そして、なるべくなら手術をしないですむように。と思っています。

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