脊柱側弯症・検診と事後管理をめぐる諸問題 - A3 側弯症の治療
東京都済生会中央病院 整形外科部長 鈴木信正先生 (あやめの会会報1号(平成2年発行)に掲載された寄稿より)
脊柱側弯症・検診と事後管理をめぐる諸問題
東京都済生会中央病院 整形外科部長 鈴木信正
A-3 側弯症の治療
(1) 自然経過
ある病気の治療をする場合、そのまま放っておいたらどのようになるかを知らずに治療することは合理的ではない。
また、側弯症の治療で、一番重要な自然経過、すなわち放っておくとどうなるか、病状が進行するのか、進行しないのかを理解しないまま治療と称するものを行うことが、特に民間治療法で目につく。
この側弯症の自然経過を知ること(予後予測という)は、これまで不十分であったが、側弯症の研究が進んできた最近では、この予後予測がある程度確立してきている。
すなわち、側弯が進行する確率は、その側弯度と年齢によって大きく異なってくる。
側弯症の進行の確率(%)つまり15歳未満であれば、25度以下の側弯は放っておいても2割は側弯度がゆるくなり、そして5割は側弯が進行しない。側弯が進行するのは残りの約3割である。これらのことから、15歳未満であって、25度以下の側弯の7割のこどもは、放っおいてよいということにある。
しかし、15歳未満で、側弯度が30度以上になると、進行する確率は75%となり、45度以上では90%が進行する。また、側弯度が30度以上では骨の成長が終わった後であっても進行することあり、従来からいわれていた「側弯は、成長終了後は進行しない」というのは誤りであることがわかってきた。
さらに、成人の場合でも、側弯度が40度以上では約30%が、また60度以上になると70%に進行がみられる。
側弯が大きく進行すると、体幹部の変形が著しくなり、胸部がひしゃげた形になってくる。体幹部の変形が強くなると、肺の容量が減って肺機能が低下し、さらに心臓にも影響が出ることになる。
成長期に45度を超える側弯は、その時には自覚症状はない。しかしその後側弯が進行す確率が非常に高く、そして体幹部の変形がひどくなってくると肺機能の低下や心臓への影響して重篤な症状が出てくるため、早い時期にしっかりとした治療を受けなければならない。
側弯がひどくなると、内臓に影響が出るといわれているが、その影響は主に肺と心臓で大きく、消化器への影響はあまりない。また、心臓や肺へ影響が出るのは50度を超える中等度以上の側弯のみであり、軽度の側弯ではこうした影響が出ることはなく無用の心配は禁物である。
(2) 経過観察
(表2)
成長期の側弯であっても、側弯が25度未満の場合には何もせず放っておいても7割は進行しないということは前に述べた。
しかし、ここで問題となるのは、側弯度が25度未満のこども達一人ひとりについて、果たしてこのこどもは進行するのかしないのかということを判定することが今のところできないという点にある。このため、側弯度が25度未満のこどもにとって一番大切なことは、定期的に診察を受けることである。そうして定期的な経過観察の結果、側弯が進行する傾向があり、側弯度が30度以上になるようであれば、初めて装具治療を開始することになる。
この場合、「早く発見して早く治療を開始すればよいではないか?」という考え方もあるが、側弯度が25度未満のこども達全員に治療するということになると、例え放っておいても進行しない7割のこども達に全く不要な、そして多少なりともわずらわしい治療をすることになり、合理的ではない。
とにかく、25度未満の側弯では、定期的に診察を受けることが重要であり、定期的な受診以外には日常生活の中では側弯のことを忘れていて構わない。
側弯は、このようにすると悪くなる、あるいは良くなるということが一切なく、体操療法も側弯の治療という意味では無効であることが確定している。ただし、この時期は成長期にあるので、側弯のために特別な体操ということではなく、普通によくスポーツをして体そのものを鍛えることは発育の上で大切なことである。
このように、現状では、側弯が進行するものは進行する、進行しないものは何もしなくとも進行はしないとしかいえないが、「そんな筈はない。何かある筈だ。溺れるものはわらをもつかむ」という人も少なくなく困ってしまうことが多い。このような考えは、幼児が駄々をこねているのと同じであり、現実的でない。
側弯がどのような経緯で進行する、あるいは進行を阻止させることができる、といった要因を究明するために、著者の属する国際側弯症学会の全メンバーと関連する研究家がこぞって研究し、発見しようと努力しているが、いまだ発見しえないというのが現状である。
民間で行われているような体操療法を進めることや日常生活上の注意などを細々と指示をしてこどもに余計な負担や心配をさせるよりは、定期的に受診させるだけの方がはるかに益するところは大きい。
(3) 装具治療
成長期に側弯が30度以上になると進行の確率が75%と高くなる。
したがって、側弯が30度を越えるこども、また定期的な経過観察の結果から見て30度を越えそうなこどもには装具を付けて側弯を矯正させ、一定期間その位置を保たせて進行を予防することになる。
装具は、顎から続くミルウォーキー型が有名であるが、私は例外を除き、洋服で隠すことができる短い装具(ボストン型・図2、A、B)を使用して好結果を得ている。この装具は、入浴時以外はずっと着けていることが原則となる。装具をきちんと着けていても進行してしまうこどももいるが、あまり真面目に着けないために進行してしまう場合も少なくない。経過にもよるが、大体16歳を過ぎれば、装具は1日16時間程度の装用でよくなる
装具療法で大切なことは、側弯の矯正もあるが、肋骨隆起の矯正にある。したがって、装具の装用は、18~20歳位まで継続する必要がある。
この装具治療法の治療成績を最近調査した結果、極めて良い成果が得られた。
筆者の外来では、既に500人以上に装具療法を行っているが、治療を終了した患者と装具装着後3年以上を経過した患者、合計207人について、比較検討した成績を次に示す。
男子は、21人、女子は186人と、圧倒的に女子が多い。このうち、83例、41.7%は、治療途中で来院しなくなったDrop-out例であった。装具は着けてくれなくとも、定期的にチェックすることだけは続けていただきたいものである。
装具装着状態は、表3の通り、67%が良好であった。
治療結果は、表4の通り、進行23.7%、不変63.4%、改善12.9%と、不変、改善群が76.3%を占める。自然経過から言えば、30度以上の側弯の進行の確率は75%であることと比較すれば、装具療法の治療効果は明らかである。
進行をみたもの24例の中で、手術を要するところまで進行したものは8人、6.5%であり、装具療法により進行が阻止できる確率は高いといえる。(図3)
(4)手術治療
成長期に45度以上、成人60度以上になると、進行する確率はずっと高くなり、また装具はもはや無効である。
この場合は、手術によって、側弯の矯正と固定が必要になる。また、手術による矯正率は、平均して50~60%であり、そのため早いうちに手術に踏み切った方がよい。
手術を行う目的は大きく分けて二つある。一つは成人したときに肉体的に健康であること。二つは、そのとき、精神的に健康であることである。
肉体的に健康であることとは、安定した、すなわち進行する側弯がない、バランスのとれた、そして痛みの原因とならない脊柱を持っていること、及び、正常な肺機能を持っていることである。精神的な健康とは、側弯があることから、引っ込み思案になったり、外観上の問題を気にしすぎている精神的に不安定ではなく、自信を持って人生に乗り出していく、活発な、前向きな精神を獲得することにある。手術により、側弯進行はくい止められる。そして肺機能の低下もくい止められる。従って、放っておけば悪化し、寿命に影響する肺機能低下を考えたならば、思春期の側弯症に適切な治療がいかに必要か明らかである。
思春期特発性側弯症の手術は、一般的には95%の安全率、残り5%に合併症の危険があるが、手術の安全性は非常に高いものである。また、最近3年間の筆者の手術成績は、平均矯正率70%以上になっている。
図4 14歳、女子、手術例
Harrington法により、92.6%の矯正を得た。