脊柱側弯症の歴史と手術の実際 (C-3 脊柱側弯症の歴史)
脊柱側弯症の歴史と手術の実際
済生会横浜南部病院 整形外科部長 小野俊明
C-3 脊柱側弯症の歴史
脊柱の変形について最も古い記載があるのは、ギリシャの名医 Hippocrates(B.C.460~377)の誓文集であり、同じくギリシャの医師Galen(A.D.131~201)が「側弯症」という言葉を 初めて使いました。「側弯症」を英語では"Scoliosis"と言いますが、この言葉は「弯曲」を意味するギリシャ語に由来しています。当時の治療は、 頭と足に紐を掛け牽引し矯正する方法が行われましたが、当然効果は一時的でしかなく予後は不良でした。
この時代から15世紀までの間、側弯医療の進歩は殆どありません。16世紀になると、Ambrose Pare(1510~1590)が金属の鎧を利用したコルセットを初めて作成しました。しかしながら、一般的な治療は、牽引、運動療法、姿勢矯正が主体で あり良い治療成績は得られませんでした。車輪が付いた支柱で頭部を牽引しながら歩行する装置が用いられたこともありました。
19世紀末になって側弯症にもやっと夜明けがやってきました。1894年にレントゲンが発明され、側弯の病因についての研究が急速に進歩しました。この 頃になると外科手術が可能となり、1914年にHibbsが側弯症に対して初めて脊柱固定術を行いましたが、当時の手術は骨の一部を壊し、固まるまでギブ ス固定を行うもので、手術手技が未熟であったことも影響し、手術の結果はあまり満足いくものではありませんでした。1941年に米国整形外科学会で行った 調査では、手術をした200人余りの内、約3割が偽関節(骨が固まらない状態)となり側弯の程度は手術前と同様に戻っていました。1945年Blount は、手術後の体幹固定用にMilwaukee装具を開発し、手術成績の向上に貢献しました。その後この装具は、良好な固定性故に手術以外の患者にも広く用 いられるようになりました。
最近30年間の治療の進歩は劇的であり、Hippocratesの時代から20世紀前半までの進歩を越えると言って良い変化でした。 Goldstein, Moeらにより脊柱固定術の基本技術が確立され、1962年にはHarringtonが金属の棒を体内に埋め込むインストゥルメンテーション手術を開発し ました。その後もインストゥルメンテーション手術は次々と改良が加えられ、手術成績は飛躍的に向上し、現在の側弯症手術になくてはならいないものとなって います。同時に、側弯症の自然経過、病因、進行の予測、装具治療などについても数多くの有意義な研究報告がなされ、今日に至っています。