脊柱側弯症・検診と事後管理をめぐる諸問題(全文)
東京都済生会中央病院 整形外科部長 鈴木信正先生 (あやめの会会報1号(平成2年発行)に掲載された寄稿)
脊柱側弯症・検診と事後管理をめぐる諸問題
東京都済生会中央病院 整形外科部長 鈴木信正
A-1 はじめに
脊柱側弯症の集団検診が一般化してから既に久しい。集団検診の成果は大きく、検診が組織だって行われている地域とそうでない地域とでは患者の差は明かである。
すなわち、検診がきちんと行われる地区では、大きく進行してしまった側弯患者は減少しており、反対に検診がきちんと行われていない地域では未だに大きく進行した側弯患者を多数みている。
一方、検診により側弯が発見された場合の教育現場での対応に問題が残されていると言わざるを得ない面があることを強調したい。
検診の目的は、学童の健康を守ることにある。したがって、側弯が発見されたことによって、こどもの心に大きな負担をかけてはならない。経過観察にせよ、装具治療を必要とするにせよ、学校側がこどもに精神的負担をかけるようなことがしばしばみられ、これは真に情けない現状であり、このようなことは厳に慎んでいただきたいものである。
こうした原因の一つには、教育現場の人々の側弯症に対する無知・無理解があり、この一文が側弯症の理解を深めるのにお役に立てば幸いである。
学童の健康管理は、単に肉体だけでなく、心も健やかに育てることにあり、教育現場には幅広い知識と大きな包容力が望まれる。
A-2 脊柱側弯症とは?
背骨(せぼね)は、医学用語でいう脊椎と脊柱の両方を示す。
脊椎は、一つ一つの背骨であり、頸椎は7個、胸椎は12個、腰椎が5個、それに仙骨、尾骨がある。そして、これらの繋がりが体の真ん中にあって脊柱となり、体を支えている役目をしている。
この脊柱は、横から見るとゆるやかなS字状に弯曲している。しかし正面から見ると真っ直ぐである。これは、弓を横から見るとアーチ状をしているが、正面から見れば真っ直ぐに見えるのと同じことである。
脊柱側弯症とは、脊柱が正面から見て横に弯曲している状態をいう。もっとも、人間の体には個人差があるので、脊柱の少々の曲がりはその大部分が正常範囲内である。すなわち、成人の場合、側弯が30度以内であって、脊椎やその他に明らかな異常がなければ、健康にまったく影響がない。
次に、側弯症には、原因となる病気のあるものと、原因が全く不明のものがある。
このうち、原因のわからないものを特発性側弯症と呼んでいるが、これが側弯症全体の70%を占める。また、脊椎に生まれつき奇形があって側弯を生じているものを先天性側弯症と呼ぶ。この他、例えば、マルファン病、レックリングハウゼン病などという難しい病気などに伴った一群の側弯症を症候性側弯症と呼んでいる。
症候性側弯症の一部には、遺伝性のものがあるが、先天性側弯症には遺伝性はない。また、特発性側弯症も遺伝性は明かでない。
特発性側弯症の原因については、数10年前から世界中の専門家が研究しているが、いまだに明らかにされていない。ただ、現在のところはっきりしていることは、環境因子、すなわち食事や栄養、姿勢、生活習慣、運動等は一切側弯症の発生に無関係であるということである。
よく姿勢が悪いと側弯になる、一方の手ばかりでカバンを持つと側弯になる、などいわれているが、これらは全くの誤りである。また、体操をして側弯を予防しようなどといわれることもあるが、これも誤りである。
特発性側弯症は、脊椎の発育が最も活発となる思春期に発生するものが最も多いが、その原因がわかっていないために予防は不可能である。したがって、早期発見をして対処することが最も大切である。
A-3 側弯症の治療
(1) 自然経過
ある病気の治療をする場合、そのまま放っておいたらどのようになるかを知らずに治療することは合理的ではない。
また、側弯症の治療で、一番重要な自然経過、すなわち放っておくとどうなるか、病状が進行するのか、進行しないのかを理解しないまま治療と称するものを行うことが、特に民間治療法で目につく。
この側弯症の自然経過を知ること(予後予測という)は、これまで不十分であったが、側弯症の研究が進んできた最近では、この予後予測がある程度確立してきている。
すなわち、側弯が進行する確率は、その側弯度と年齢によって大きく異なってくる。
側弯症の進行の確率(%)つまり15歳未満であれば、25度以下の側弯は放っておいても2割は側弯度がゆるくなり、そして5割は側弯が進行しない。側弯が進行するのは残りの約3割である。これらのことから、15歳未満であって、25度以下の側弯の7割のこどもは、放っおいてよいということにある。
しかし、15歳未満で、側弯度が30度以上になると、進行する確率は75%となり、45度以上では90%が進行する。また、側弯度が30度以上では骨の成長が終わった後であっても進行することあり、従来からいわれていた「側弯は、成長終了後は進行しない」というのは誤りであることがわかってきた。
さらに、成人の場合でも、側弯度が40度以上では約30%が、また60度以上になると70%に進行がみられる。
側弯が大きく進行すると、体幹部の変形が著しくなり、胸部がひしゃげた形になってくる。体幹部の変形が強くなると、肺の容量が減って肺機能が低下し、さらに心臓にも影響が出ることになる。
成長期に45度を超える側弯は、その時には自覚症状はない。しかしその後側弯が進行す確率が非常に高く、そして体幹部の変形がひどくなってくると肺機能の低下や心臓への影響して重篤な症状が出てくるため、早い時期にしっかりとした治療を受けなければならない。
側弯がひどくなると、内臓に影響が出るといわれているが、その影響は主に肺と心臓で大きく、消化器への影響はあまりない。また、心臓や肺へ影響が出るのは50度を超える中等度以上の側弯のみであり、軽度の側弯ではこうした影響が出ることはなく無用の心配は禁物である。
(2) 経過観察
(表2)
成長期の側弯であっても、側弯が25度未満の場合には何もせず放っておいても7割は進行しないということは前に述べた。
しかし、ここで問題となるのは、側弯度が25度未満のこども達一人ひとりについて、果たしてこのこどもは進行するのかしないのかということを判定することが今のところできないという点にある。このため、側弯度が25度未満のこどもにとって一番大切なことは、定期的に診察を受けることである。そうして定期的な経過観察の結果、側弯が進行する傾向があり、側弯度が30度以上になるようであれば、初めて装具治療を開始することになる。
この場合、「早く発見して早く治療を開始すればよいではないか?」という考え方もあるが、側弯度が25度未満のこども達全員に治療するということになると、例え放っておいても進行しない7割のこども達に全く不要な、そして多少なりともわずらわしい治療をすることになり、合理的ではない。
とにかく、25度未満の側弯では、定期的に診察を受けることが重要であり、定期的な受診以外には日常生活の中では側弯のことを忘れていて構わない。
側弯は、このようにすると悪くなる、あるいは良くなるということが一切なく、体操療法も側弯の治療という意味では無効であることが確定している。ただし、この時期は成長期にあるので、側弯のために特別な体操ということではなく、普通によくスポーツをして体そのものを鍛えることは発育の上で大切なことである。
このように、現状では、側弯が進行するものは進行する、進行しないものは何もしなくとも進行はしないとしかいえないが、「そんな筈はない。何かある筈だ。溺れるものはわらをもつかむ」という人も少なくなく困ってしまうことが多い。このような考えは、幼児が駄々をこねているのと同じであり、現実的でない。
側弯がどのような経緯で進行する、あるいは進行を阻止させることができる、といった要因を究明するために、著者の属する国際側弯症学会の全メンバーと関連する研究家がこぞって研究し、発見しようと努力しているが、いまだ発見しえないというのが現状である。
民間で行われているような体操療法を進めることや日常生活上の注意などを細々と指示をしてこどもに余計な負担や心配をさせるよりは、定期的に受診させるだけの方がはるかに益するところは大きい。
(3) 装具治療
成長期に側弯が30度以上になると進行の確率が75%と高くなる。
したがって、側弯が30度を越えるこども、また定期的な経過観察の結果から見て30度を越えそうなこどもには装具を付けて側弯を矯正させ、一定期間その位置を保たせて進行を予防することになる。
装具は、顎から続くミルウォーキー型が有名であるが、私は例外を除き、洋服で隠すことができる短い装具(ボストン型・図2、A、B)を使用して好結果を得ている。この装具は、入浴時以外はずっと着けていることが原則となる。装具をきちんと着けていても進行してしまうこどももいるが、あまり真面目に着けないために進行してしまう場合も少なくない。経過にもよるが、大体16歳を過ぎれば、装具は1日16時間程度の装用でよくなる
装具療法で大切なことは、側弯の矯正もあるが、肋骨隆起の矯正にある。したがって、装具の装用は、18~20歳位まで継続する必要がある。
この装具治療法の治療成績を最近調査した結果、極めて良い成果が得られた。
筆者の外来では、既に500人以上に装具療法を行っているが、治療を終了した患者と装具装着後3年以上を経過した患者、合計207人について、比較検討した成績を次に示す。
男子は、21人、女子は186人と、圧倒的に女子が多い。このうち、83例、41.7%は、治療途中で来院しなくなったDrop-out例であった。装具は着けてくれなくとも、定期的にチェックすることだけは続けていただきたいものである。
装具装着状態は、表3の通り、67%が良好であった。
治療結果は、表4の通り、進行23.7%、不変63.4%、改善12.9%と、不変、改善群が76.3%を占める。自然経過から言えば、30度以上の側弯の進行の確率は75%であることと比較すれば、装具療法の治療効果は明らかである。
進行をみたもの24例の中で、手術を要するところまで進行したものは8人、6.5%であり、装具療法により進行が阻止できる確率は高いといえる。(図3)
(4)手術治療
成長期に45度以上、成人60度以上になると、進行する確率はずっと高くなり、また装具はもはや無効である。
この場合は、手術によって、側弯の矯正と固定が必要になる。また、手術による矯正率は、平均して50~60%であり、そのため早いうちに手術に踏み切った方がよい。
手術を行う目的は大きく分けて二つある。一つは成人したときに肉体的に健康であること。二つは、そのとき、精神的に健康であることである。
肉体的に健康であることとは、安定した、すなわち進行する側弯がない、バランスのとれた、そして痛みの原因とならない脊柱を持っていること、及び、正常な肺機能を持っていることである。精神的な健康とは、側弯があることから、引っ込み思案になったり、外観上の問題を気にしすぎている精神的に不安定ではなく、自信を持って人生に乗り出していく、活発な、前向きな精神を獲得することにある。手術により、側弯進行はくい止められる。そして肺機能の低下もくい止められる。従って、放っておけば悪化し、寿命に影響する肺機能低下を考えたならば、思春期の側弯症に適切な治療がいかに必要か明らかである。
一方、患者さんにとっては、やはり外観上の問題が一番気になるところである。本来、外観上の問題は手術の成果としてはおまけ的なものである。しかし、精神的な健康を考えると、外観の改善は非常に重要度が高い。そのためよりよい矯正が必要となる。筆者の検討では、従来手術をしても改善はないとされた肺機能低下例でも、きわめて良い側弯矯正を得た結果、肺機能も著明に改善している。従って、筆者の手術においては、最小の危険で、最大の矯正を得ることを目標にしている。
思春期特発性側弯症の手術は、一般的には95%の安全率、残り5%に合併症の危険があるが、手術の安全性は非常に高いものである。また、最近3年間の筆者の手術成績は、平均矯正率70%以上になっている。
図4 14歳、女子、手術例
Harrington法により、92.6%の矯正を得た。
A-4 済生会中央病院での側弯外来
従来筆者は、慶應義塾大学病院において、側弯症外来を20年にわたって担当してきましたが、2つの病院において外来を行い、手術は筆者の病院で行うという、いわば2重生活を送ることは困難になりました。そのため、平成12年4月より、慶應病院での外来は中止し、済生会中央病院の外来に専念することとしました。慶應の側弯外来は、これからの若い人に任せ、主に経過観察を対象とし、本格的治療の必要な方々は、済生会中央病院で治療するように考えています。
筆者の率いる済生会中央病院整形外科では、側弯症外来を毎週金曜日の午後に行っています。また、経過観察のためにレントゲンを使わず、モアレ法による解析を用いた特殊外来としてモアレ外来(おおむね第一木曜日の午後)も、世界に先駆け行っています。
A-5 モアレ外来 <モアレ法とは?>
モアレ外来とは、経過観察だけを要する側弯症患者さんの経過観察を、レントゲンを使わずに行う外来です。
モアレ法は、光の干渉縞を応用して物体の表面形状を3次元に計測できる方法であるが、この方法を用いることにより、側弯症によって生じた体幹部の変形状況を計測することができる。
側弯症の診断には、X線検査が必要不可欠であるが、側弯症の経過観察をして行くのには、通常年3回から4回のX線検査が必要となる。
患者に、X線検査を行うというと、「この間レントゲン検査を受けたばかりだが、大丈夫だろうか?」という質問を受けることが多い。実際には、年に3~4回程度のX線検査の被曝線量では全く問題はなく心配もないが、できるだけ被曝線量を減らすにこしたことはない。
そこで、このモアレ法を補助手段として併用すれば、X線検査を年1回減らすことができる。モアレ法で写真を撮ることは、普通の記念写真の撮影と同様であるが、その判定のためにはフィルムを投影して計測するか、印画紙に焼き付けて計測しなければならない。しかし、われわれは、このモアレ写真をコンピュータで解析し、側弯の進行の有無を判定する方法を1976年以来研究開発を行って、1986年、世界に先駆けて臨床応用への実用化を行った。
現在、このモアレ法以外にもX線検査に代わる方法は考えられているが、実際に外来でX線検査に代わるものとして用いられているのはわれわれ病院以外にはない。
モアレ外来の開始以来3年が経過したが、その結果は極めて良好であり、X線検査の回数を大幅に減らすことができている。
もっとも、モアレ法では、体幹部の変形の評価はできるもののX線と違って骨の状態がわからないため、装具治療中の患者や手術後の患者の場合にはモアレ法とX検査と併せて行うことにしている。
A-6 民間療法は?
現在、側弯症の治療で効果が確定しているものは、装具療法と手術療法だけである。 よく「あの治療法を行ったら良くなった」ということを聞くことがあるが、それらは自然経過として不変であった人達である。
側弯度が25度未満で7割、35度未満で約3割の人が放っておいても進行しなかったり、自然に良くなったりするのであるから、「何をしたから良くなった」といえるには、その治療法によって良くなったり、不変の人が統計的に有意の差をもって自然経過より多くならなければならない。しかしながら、一般にみられる民間療法にそのようなものは全くなく、すべて無効である。
筆者自身の外来にも、せっかく装具で良くコントロールされていたのに、装具がいやになって民間療法に走った結果、70度や80度にまで変形してしまったという人が来ることはまれではない。これらは、手術するしか方法がなく手術の時期としては手遅れともいえ、大変残念なケースである。また、25度未満の側弯で、何もしなくとも変わらないのにせっせと民間療法に通っている人も少なくなく、考えさせられることが多い。
A-7 ふだんの生活では
-あまり神経質にならずに-
側弯症の場合には、いくら側弯症のことを心配しても、また日常生活でいろいろな注意をしても何もならず、ふだんは側弯症のことは忘れて生活をすることが大切である。
また、装具治療をしている人では、装具を下着と思って着用することが大切であり、装具を着けてさえいれば側弯のことは忘れて良い。また、装具を着けたまま積極的に運動するようにした方がよい。
側弯が軽度の人では、定期的な受診だけを忘れなければ後は何の注意も必要なく、普通の生活でよい。
また、手術後の人では、手術後1年6ヵ月を経過したら、正常な人と全く変わらない生活でよく、またどんなスポーツをしてもよい。
A-8 おわりに
せっかく検診が行われても、その後の指導が悪くては何もならない。学校によっては、病院の受診のために学校を欠席あるいは遅刻することを極度に嫌い、生徒の受診を妨げている所がしばしばみられることは驚きを禁じえない。
「学校が休みの時に病院に行きなさい」という教師が多数みられるが、側弯症では一定の期間を置いた定期的な診察が必要であるため、受診の便宜をぜひ図っていただきたいと考えている。
また、装具療法を行っているこどもでは、体育の時に更衣室がない、掃除の時に邪魔になる、あるいは級友からのひやかし等、学校内での装具の着用を続け難いものにしていることも、諸外国と比較して、わが国の現状が極めてお寒いものと言わざるを得ない。
側弯症に限らず、種々の疾患を真に理解し、一般の常識に適った指導により、児童・生徒の心身双方の発達を見守り、指導していただきたいと考える。
A-9 雑感
現在、側弯症治療の問題点は、専門家、すなわち側弯症を真に理解している整形外科医師がきわめて少ないことである。この点に対して、筆者は、側弯症学会前会長として何とかせねばならないと考え、現在対策を進めている。また、側弯症手術は、骨の生理学を学んだ医師、すなわち整形外科医師以外には適格者はいないことを強調したい。
側弯の装具治療は、真に側弯変形を理解した医師と装具制作者のチームワークが必要である。
手術は、経験豊富な専門家でなければ最良の結果は得られない。患者さんの立場で言えば、賢い消費者にならなければいけない。それにはどうするかというと、マスコミの報道を鵜呑みにしていてはいけない。現在は、医師不信を増長する破壊的報道ばかりが目に付く。医師の立場で言えば、相手が不信感を持っていることが前提になったならば、こちらも不信感を持った対応しかできなくなるのは当然である。信頼とは何か、これは、まさにお見合いのようなものであり、お互いに周波数のあった場合にこそ良い結果となるものである。
世の中には、ブランド品であれば中身、結果は気にしないと言う人も多い。ブランド志向とは医療でいえば、大学病院なら一番と考えている単純思考の人々である。しかし側弯に関しては、その場合一番迷惑するのは患者である子供だということに気づかない親が多いのは嘆かわしい。賢い消費者とは何か、それはブランド志向ではないことにある。